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東京地方裁判所 昭和31年(モ)15458号 判決

債権者 植木要造

右代理人弁護士 高橋銀治

債務者 株式会社旅館山楽

右代表者 佐々木良三

右代理人弁護士 高橋諦

主文

当裁判所が、昭和三十年(ヨ)第七〇五四号不動産仮処分申請事件について、同年十一月二十九日した仮処分決定は、債権者が、債務者のため、この判決送達の日から五日以内に、保証として、さらに金二十万円を供託することを条件として認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

(争いのない事実)

本件土地が、もと、債務者会社の代表取締役である佐々木良三個人の所有に属していたこと、債権者が登記簿上、昭和二十八年八月七日、佐々木良三から本件土地を譲り受け、その所有名義人となつていること、債務者会社は、本件土地に所在する建物において、昭和二十八年以来温泉旅館を営んできたこと、同会社は昭和三十年十一月十八日、宇都宮地方裁判所から本件地上建物について競売開始決定を、債権者から昭和三十一年一月三十日到達の内容証明郵便をもつて、本件土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示を、それぞれ受けたこと債務者は現に数百万円の債務を負つていること及び債務者が仮処分命令を受けたのちに、本件土地上の建物の増改築工事を実施し、執行吏にその停止を命ぜられたことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

(被保全権利の存否)

債権者が、登記簿上昭和二十八年八月七日、佐々木良三から本件土地を譲り受け、その所有名義人となつていることは、前記のとおり当事者間に争いなく、この事実と、成立に争いのない甲第一号証同第四号証から第六号証、同第十号証、証人中山勉嘉及び同根本民之助の各証言によりそれぞれ、その成立を認め得る甲第十四号証及び同第二十六号証の各記載、証人中山勉嘉及び同根本民之助の各証言並びに債権者本人尋問の結果(第一、二回とも)を綜合すれば、

債権者及び佐々木良三は、もと共同して雑穀卸業を営んでいたが、その後、共同経営を解消して、佐々木は鬼怒川温泉において、会社組織による温泉旅館を開業することを企図し、本件地上に旅館建物の建築に着手したが、その途上において、極度の資金不足に追いこまれ、数日間工事中止のやむなきに至る状態となつたので、この苦境を切りぬけるため、かつて共同で事業を経営していた関係から、債権者に窮情を訴えて資金の借入方を懇願したこところ、債権者は、昭和二十八年八月三日債権者方において、金四十五万円を貸し渡し、その際佐々木は、債権者の申入を入れて、右債権担保のため、佐々木所有の本件土地を債権者に譲り渡したが、右土地は、いまだ前所有者である斉藤初野から所有権移転登記手続を受けていなかつたため、直ちに、債権者に移転登記手続をとることができなかつたので、佐々木は、斉藤と交渉した結果、同月七日に至り、斉藤から直接債権者に所有権移転登記手続がされ、同月十三日債権者方において佐々木から同人に登記済権利証が交付されたこと及び債権者は、右譲受けと同時に、これを債務者に無償で貸与したこと

が一応肯認され、右一応の認定事実に反する乙第五号証及び同第十二号証の各記載部分及び債務者会社代表者本人の供述部分は、前記各疏明に照らし、たやすく措信することができないし、他にこれを覆えすに足る疏明もない。

しかして、債権者が、債務者に対し、昭和三十年一月三十日到達の内容証明郵便をもつて、本件土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いのないこと前記のとおりであるから、同日をもつて、右契約関係は終了したというべく、したがつて、債権者は債務者に対し、右使用貸借の終了を理由に、本件土地の明渡を求める権利を有するものということができる。

(保全の必要性について)

債務者が、債権者の明渡要求に応ぜす、本件仮処分命令を受けたのちに、本件地上建物の増改築工事を実施したことは、前記のとおり、債務者の認めるところであり、右工事の実施について債権者の承諾を得なかつたことは、後段説示のとおりであるから、これらの事実から本件仮処分の必要性は、これを窺うに十分である。

(特別事情の存否について)

一  本件仮処分によつて、債務者の蒙むるべき損害について考察するに、債務者が、本件土地上の建物の内外、庭園等の模様替えを差し止められたため営業に支障をきたしている旨の債務者の主張(債務者主張事実中三の(一)の前段)は、債務者の全疏明によるもその損害算出の根拠が必ずも明確でないのみならず、仮にその主張するような損害があるとしても、このような損害は、この種仮処分に通常伴うところの、債務者の受忍しなければならない損害とみるを相当とし、これを目して、仮処分を取り消さなければならない事由としての、いわゆる異常損害ということはできない。

また、債務者会社代表者本人の供述によれば、債務者会社は、婦人風呂及び便所の設備が十分でないため、増改築をしなければ、温泉旅館として上客である団体とくに婦人客を含む団体の場合にその宿泊の申込に応ずることができず、現在収容人員七十名の設備をもちながら、団体客を断わる場合が多いため、旅行最盛期には月間二百名位の旅客を受け入れられない損害を蒙むりつつある事実を一応推認しえないではないが、他方、前段説示した諸事実と、前記甲第四号証、債権者本人の供述(第一、二回)及び債務者会社代表者本人の供述を綜合すると、債務者は、すでに数百万円の債務を負い同会社の主たる財産である本件地上の建物についても債権額約七百万円余の抵当権が設定され、昭和三十年十一月十八日、宇都宮地方裁判所から競売開始決定を受けているが、いまだに、右債務の弁済について協議すらできていない実情にあることが認められ、このような債務者の資産状態においては、仮に、婦人風呂や便所の増改築を実施してみても、順調に営業を継続し得るかどうか甚だ疑わしいものといわざるをえない。したがつて、このような事実関係のもとでは、婦人風呂や便所の増改築等ができないそのことだけで、とくに債務者が異常な損害を蒙つているものとはいい難い。

さらに債務者会社が、本件仮処分後に、前記建物の増改築工事に着手したことは、当事者間に争いないこと前記のとおりであり、右工事については、債権者の承諾を得て着手したとの債務者の主張については、これにそうような乙第十二号証の記載及び債務者会社代表者本人の供述は、たやすく措信し難く、他にこれを認めるに足りる疏明もなく、かえつて、前記甲第十四号証、同第二十六号証の各記載及び債権者本人尋問(第一、二回)の結果によれば、右工事については、債権者の承諾がなかつたことが推認されるのであるから、右工事の中止により、仮に債務者主張のような損害を受けたとしても、このような損害は、債務者が仮処分命令に違反することにより、いわば、みずから招いたものというべく、これをもつて、仮処分を取り消すべき異常な損害といいえないことは多くの説明を要しないところであろう。

二、次に、債務者は、本件仮処分によつて保全される債権者の権利は、金銭補償によつて、その終局の目的を達し得べきものであるから本件仮処分は取り消さるべきであると主張する。

しかして、仮処分によつて保全される権利が金銭補償により、その終局の目的を達しうる性質のものであることはいうまでもないが、本件における被保全権利がそのような性質の権利であると断ずべき疏明はなく、むしろ金銭補償によつては、その本来の目的を達しべきものではないと解するを相当とする。蓋し、債権者の権利は、現状のまま、本件土地そのものの明渡を求めるをその内容とし、債権者は、本件土地、とくに更地の部分約二百坪を現状のまま引渡を受け、最も有利な時期と価格においてこれを処分し、もつて、その債務者との関係において支出した一切の費用の補償とある程度の利益を得ようとする経済的意図のもとに本件仮処分を求めたものであることが本件弁論の全趣旨から、これを窺うことができるからである。

また、債務者は、債権者は、もともと貸金四十五万円の譲渡担保として本件土地を取得したものであるから、右四十五万円の取立を確保し得れば必要にして十分であり、本件仮処分によつて保全される権利は、右貸金債権にすぎない旨主張するが、本件仮処分により保全される権利は、使用貸借契約終了にもとずく本件土地明渡請求権、ひいては本件土地の所有権であること前段説示のとおりであり、その権利が金銭補償可能のものかどうかは、かかる被保全権利自体が金銭補償で終局の満足を得られるかどうかという点で判断すべきものであり、その権利取得の原因ないしは対価とは、直接には、何らの関係をもつものでないことは、右権利の無償取得の場合を考えるならば思い半ばに過ぐるものがあろう。したがつて、債権者の前示主張は、もとより採用しうべき限りではない。叙上のとおり、債務者の特別事情を理由とする取消の主張は、いずれの観点からも、理由がないものといわざるをえない。

(むすび)

以上説示したとおり、債権者の本件仮処分申請は、結局理由があるものということができるから、当裁判所がさきにした主文第一項掲記の仮処分決定は、その保証金額が本件土地の価額に照らし、いささか低きにすぎたと認められるので、これを変更し、債権者が債務者のため、さらに金二十万円の追加保証をたてることを条件として、これを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 片桐英才 宮田静江)

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